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Cari amici fans di nesta e del calcio italiano,
sono Webmaster.
Da un pò di giorni non scrivo qui, perchè ho un problema del mio computer, praticamente si è bloccato e non funziona più!
Appena risolverò(lo spero) tornerò a darvi le notizie come prima!

A presto
Celeste, Webmaster

*****************************

In Japanese

Nihon no fan no minasan, totsuzen stop shite gomennasai.
suiyoubi ni Fenerbahce no shiaigo news kaiteru tociu de computer ga ugokanakunatteshimaimashita.
shibaraku Zefiro oyasumi sezaruwoemasen.
internet ga dekinai kankyou ni itatame oshirase osokunarimashita. goshinpai kudasatta minasan owabi itashimasu.

Shiai chanto ottemasu.
Fenerbahce mo sugokattakedo doyoubi no Pippo, Super Super deshitane.

Dewa mata jikan ga arutokini check shini kimasu.

bye-bye

Ro-mi
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by celeste13 | 2005-11-30 06:47 | Zefiro
今日の応援幕は
アドリアーノに捧ぐ(笑)
Zefiroおまけ~Inter


いや~、心配しました(ミランはもっと心配させられてるが・・・)
このまま復調しなかったら、どうなっちゃうんだろうかと。

今日はインテルの皇帝Imperatoreと、ミランの皇帝Zarの夜でした。

このまま、デルビー熱に突入してって燃えてほしいなぁ!

が、管理人は基本的にボボピッポ応援団ですけど。
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by celeste13 | 2005-11-24 10:24 | いろいろ
NESTA ONESTA’
これ、TVのチャンピョンズ・リーグ特番司会者がネスタを評した言葉。
Onesta'=正直・実直・誠実。

そう評するようなコメントをネスタがしたんですが、それはあとで聴き取ってUpします。
それと、シミッチの活躍が非常に光りました。
彼自身が言ってますが、1月に移籍する云々の話が出ているようで、自分の好きなのはセンターだけど、右サイドバックもカバーはできる、今後クラブと話していくということです。
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追記;
ネスタ・コメント
「フィレンツェでは僕がミスしてしまって、試合に負けた・・・そういうことも起こり得るんだけど・・・今度はなんとか取り戻すことができた・・・だから、嬉しいです。」


しかし君は・・・ここのところUpしているネスタ・ストーリーの、潔い子供を思うと、もっと毅然とした青年に成長していそうなのに(笑) いや、成長してるんですけどね、相変わらずカメラに(記者にも)ほとんど目を向けない、きょどきょどくんなギャップ。
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by celeste13 | 2005-11-24 08:49 | NESTA
Fenerbahce戦Pagelle
Fenerbahce戦Pagelle

TG com
Dida:6.5  Simic:7  Nesta:6.5  Maldini:7  Serginho:6.5  Gattuso:7  Vogel:無し  Pirlo:7  Seedorf:8  Kaka':無し  Rui Costa:6.5  Shevchenko:9  Gilardino:6.5  Vieri:6.5

NESTA;6.5
今度はBlackoutを起こさない。途方にくれているAnelkaに口輪をはめる。
試合終了間際、彼自身もボールを持ち上がっていく。



YahooSport
Dida:6.5  Simic:7  Nesta:7  Maldini:6  Serginho:6.5  Gattuso:6  Vogel:無し  Pirlo:6.5  Kaka':無し  Rui Costa:6  Seedorf:7  Shevchenko:9  Gilardino:6.5  Vieri:6 
Ancelotti:7

主審Hauge(Nor):7

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by celeste13 | 2005-11-24 08:36 | Pagelle
Fenerbahce vs Milan
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試合終了。

Fenerbahce - Milan 0-4


おおしっ



次だ!

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by celeste13 | 2005-11-24 06:42 | MILAN
La Vita di Nesta 4
La Vita di Alessandro NESTA 3からの続き;

GiovanissimiのProvinciale(地方チーム)の試練を越え、Carmelo Scalaが監督するGuovanissimiへ入る。ネスタのロッククライミングがスタートする。栄光の1990年、ラツィオ内での素晴らしいプレイ:彼とディ・ヴァイオは、新しい宝石としてGiovanileへ移る。そこには長いこと、才能ある者が現れていなかった。1975年の、Carosi率いるPrimaveraがGiordanoやManfredoniaと共にスクデットを獲得して以来。

ScalaのGiovanissimiで、ネスタはMediano(MF)。1991年6月16日、Catanzaro地方のSoveratoにおいて、イタリア・チャンピョンという大勝利を収める。対Padova(2-0)。初めての凱旋、初めてのメダル。そしてまた、ナショナルチーム Under15の召集をも受ける。このシーズン、ネスタはScalaのチームで、Torneo Bastianelli a Fiumicino、Torneo Maestrelli a Pisaにも勝利。

1992年、ラツィオはCristianoとネスタを獲得する。そのとき彼は左サイドバックへ移る。Allieviのチームでは、またしてもScalaが監督。が、その数ヵ月後、Vannozziへ交代する。

ネスタはナショナルチーム Under16から召集。そしてニース、後に試合中膝の靭帯に亀裂を起こすその場所で、ネスタは病院に運ばれる。対フランスの試合で、ネスタは頭に打撃を受け、医師から脳震盪と診断されたのだ。目が覚めたとき、彼の傍らにはディ・ヴァイオが。てっきり、彼の様態を心配して駆けつけてくれたのだと思っていた。が、ディ・ヴァイオも腕を骨折して入院していただけだったのだ。

ラツィオAチームは、Dino Zoffが監督していた。ネスタは時々、合宿所Maestrelliの門をくぐる。それはプレイするためではない、今のところ。
ドクターのコントロールを受けるためであった。そこでSclosaと仲良くなる。その後このディフェンソーレにとって2番目の父親ともいえる存在になる男。元大選手は、サンドロのキャリアに興味を持ち、いろいろと貴重なアドヴァイスを与える。

1992年、ネスタは、Mimmo Caso率いるPrimaveraに入団。その頃のチームメイトには、GKのローマ、MFのCristiano、Napoliani、FWのDi Vaioがいた。Casoは、Gianmarco Calleriからラツィオを買い取ったばかりのCragnottiに起用されたばかりだった。

Casoはネスタにとって人生の師となる。堅く強い関係、これは現在も続いている。現在(2000年)Chievoにいるこの監督に、ネスタは心から感謝を捧げている。

Casoは小さな奇跡を起こす。ラツィオのPrimaveraを、カンピオナートの決勝まで導くのだ。夢は決勝で消える。当時Tacchinardiのいた、Prandelli率いるアタランタに対戦。ローマでの第1戦、3-0でアタランタの勝利。ネスタは出場メンバーに名を連ねていない。ひどいPubalgiaのために欠場。第2戦には出場可能に。しかしScudettoは今や決まったようなものだった。ベルガモ、またしても敗戦、3-0。

1993年、ネスタはプロフェッショナルの世界に入る。Zoffが、Seefeld(オーストリア)の夏の合宿に彼を招集。Superdino(Zoff)は、ネスタの礼賛者となる。彼の持つ才能を理解していたが、またネスタの成長の度合いにも驚かされていた。

1994年3月12日、Zoffは、ネスタをUdineへ移動のメンバーに加える。ラツィオは試合前日を、ホテルDimoretで過ごす。ネスタはSclosaと同室。「クラウディオは彼に、試合に出るだろうと言っていた。」ジュゼッペ・ネスタはそれを思い出す。Sclosaの予言は当たる。試合後半33分、ネスタはCasiraghiの代わりにピッチに立つ。主審はBraschi。ラツィオは2-2で引き分け(ゴールはWinterとSignori)、そして順位は5位に上がる。12分プレイした後、Zoffから称賛を受ける。そして彼に、そのままAチームでトレーニングを続けると伝えられる。

3月27日、Zoffは彼への信頼を再確認する。Delle Alpiでの対トリノに起用。試合後半41分。ネスタはまたしてCasiraghiからの交代。ラツィオのメンバーは、Marchegiani、Bonomi、Bacci、Di Matteo、Di Mauro、Cravero、Luzardi、Bergodi、Signori。そしてそこにはGascoigneも。残酷な運命、4月7日。イギリス人はまさにネスタと激しい交錯を。Gazzaは叫ぶ:脛骨と腓骨の亀裂。GazzaがSan Giacomo(病院)へ運ばれる間、ネスタは泣く。「心配するな。お前のせいじゃない。」Paul(Gascoigne)は、Maestrelliを離れるときに彼に言う。

Part.1終了
La Vita di Alessandro NESTA Ⅱの1へ続く・・・

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by celeste13 | 2005-11-23 23:15 | La Vita di NESTA
La Vita di Alessandro NESTA 3
La Vita di Alessandro NESTA 2からの続き;

夏が過ぎる。そしてアレッサンドロはラツィオの新人チームBに入る。
父は明け方家を出てNuovo Salarioへ向かう、サンドロは8:30に学校へ。昼食の時間、彼らはSalvatore Galgano広場で待ち合わせる。
アレッサンドロは、週に2日San Basilioで、またあと2日をPantheon Travelでトレーニングする。小学校での授業は13:30に終了。
「昼飯を取る時間さえ無かった。」パパは語る。
この成功は、家族によって築き上げられたもの。自らを犠牲にし、そして多くのことを諦めながら。
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アレッサンドロ・ネスタの上昇は、その情熱と献身、頑強な意思によるものだった。PuliciやPatarcaによって育てられた夢、彼らはこのCinecitta'の少年の才能に自信を持って賭けていた。
「私の妻も随分苦労した。夜になってから、サンドロの服を洗濯しなければならなかった。冬など時には翌朝までほとんど乾かなかったり。」

共に駆け上がるには厳しい坂道。ネスタは時々、不満そうな表情を見せた。カルチョは好きだ。でも彼の一日はいっぱいいっぱいの予定で埋まっている。心配事も多く、諦めるべきものも多すぎる:この犠牲が、重すぎるように感じていたのだ。そして時々、本気で、この青春を無駄にしてよいものかと悩んでいた。ある部分は、興奮と野心と、それと学校とボール生活を同時進行する必要に、またある部分は、まるで成人のような生活を送らされてしまうつらさ(悔恨)劇的な忙しさ、全く休み無しの。

学校の友人たちは彼を探し、Festa(パーティ)に誘う、または家の前の空き地でカルチョをするため。しかしネスタには時間が無い。
「そうだな、たまにぶーぶー言っていた。あいつには、青春を掃いて捨ててるように感じたんだろう。たくさんの楽しみを諦めざるを得なかったのだ。たとえば、クラスメートたちとの試合は出れない。怪我をする危険があるから。転ぶかもしれない、打撲を受けるかもしれないのだ。」

Patarcaのチームで、アレッサンドロは2年間右ウィングのポジションにいた。監督が彼をセンターへ移すのは、1987年のことである。そのとき、ラツィオはディ・ヴァイオを入団させている。その後サンドロの親友となる男。


戦術的な変容は長期間、このチームで彼は4年間プレイする。それから、Roberto Sesena率いるProvincialeのGiovanissimiへ。
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1989年:ネスタはその1年間を不安と焦りと共に過ごす。14ヶ月の間に、実に22cmも身長が伸びたのだ。それが、彼の体に問題を引き起こす。ストップしなければ、カルチョをやめなければならないかもしれない、この尊大な夢の終わりが目前に。
ラツィオは、彼をBanbin Gesu' di Santa Marinella(小児病院)へ送る。そこで彼は医師たちのあらゆる診察を受ける。数々の検査やレントゲンの結果、脊椎、臀部、膝に炎症が発見された。
つらい時期である。心配は膨れ上がるばかり。強い恐れ。復帰は非常に困難だった。アレッサンドロは中学校に通っていた。キャリアを諦め、すべてを捨ててしまうことを考えていた。
彼の頑強な誇りがしかし、彼を突き動かした。回復。問題は解決。
彼はピッチへ戻るのだった。

・・・つづく。La Vita di Nesta 4

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by celeste13 | 2005-11-23 09:32 | La Vita di NESTA
勝つべし
RAI Sportニュースのミラン。
最初に空港のソファにでれ~と座るネスタも映ります。
Rai sport

ローカルTV予想スタメン

           DIDA
      NESTA    MALDINI
SIMIC              SERGINHO
           PIRLO
  GATTUSO      SEEDORF
           KAKA'
 SHEVCHENKO    GILARDINO

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記者会見のマルディーニ、左目の回りが誰かに殴られたみたいにアザになってるんですが、何かありましたっけ??
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         たぶん一番左がネスタ。  監督、締まり無し・・・
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by celeste13 | 2005-11-23 06:46 | MILAN
僕が間違えた
TuttoSport Lombardia版より
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NESTA:僕が間違えたんだ。

フィレンツェ。抗議もあったが、自己批判もあった。たとえばアレッサンドロ・ネスタのそれ。試合後半開始後たった35秒で、Violaの2-1のチャンスに彼が滑ったのだ。
「僕がボールをちょっと蹴り損ねた? とんでもない。完璧蹴り損ねだ。目の前に来たので僕が足を出したんだけど、そのまま後ろへ行ってしまった。」

そこで、試合が変わってしまったのだ。
シーズン最低の試合のひとつであるわけでもない。データが物語っている。ボール保有率がミランは38分、フィオレンティーナは26分。CKが10、Violaは2、シュートが17、Violaは9。

「実際のところ、僕たちはいつもナショナルチームでプレイしている。あちこちへ移動し、戻ってくるときは、必ず何か問題を抱えてる。今回は、他のときよりもっと厳しかったということだ。」

以上、ネスタに関する部分を抜粋。

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ちっちゃいことだけど、こういう潔さが、ネスタの美徳と思う。
もちろん、ミスしないでくれればもっといいんだけど・・・
ナショナルチームでプレイできる才能と幸運は、誰にでも与えられたものではない。それに、試合が多くて厳しいのはユーヴェやインテルや、他のチームのカンピオーネたちも。
頑張ってほしい。


結局のところ、監督の采配がキーポイントなのでは?
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by celeste13 | 2005-11-22 08:00 | NESTA
本日のZefiroおまけ
本日のZefiroおまけ~

おもちろ応援幕!
出てます。Fiorentina-Milan戦。
見てみる?
Fiorentina Milan


Casa Milanello、シリーズⅡです。

すでに第1話はちょっとまえにご紹介済み。
シリーズⅡ

今日は続き。
Casa MilanelloⅡ 3

第2話は、内容が、日本のサッカーファンにかなり遠い話題かと思うので、割愛してあります。

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by celeste13 | 2005-11-22 07:58 | いろいろ