Forza Milanインザーギ記事
Forza Milan 4月号からインザーギ・インタビュー記事。
先にUpしてあった画像はこちら→tomato juice

聞き手は、あの「Pippo Miooooo」と叫んでいたCarlo Pellegatti氏。





ピッポ・インザーギ、がむしゃらゴール小僧


2人の少年が、屋根裏で、靴下を丸めて作ったボールを追って走っている。これが、僕の幼少時代の一番最初の思い出。僕と弟は、何時間も何時間も、家の扉を自分たちの守るべきゴールや攻めるべき網にして遊んでいたんだ。

こうして、ピッポ・インザーギは語り始める。彼の幼少時代を。元気いっぱいに過ごした子供時代、それは今も一瞬一瞬を思いっきり生きているこのカルチョの世界での素晴らしい経験の数々と同じ。

Pippo:
貴方たちは僕をよく知っているでしょう。どんなに僕が強く興奮するかわかっているでしょう。だから、初めて僕が学校に入ったとき、その第一日目がどんなに震えるほど嬉しかったか想像できるでしょう。決して忘れられないあの日。新しい友達や先生たち、新しい鉛筆の木の匂い。
まるで昨日のようだ。あれから30年近く経っているというのに。


Q:
特に好きだった教科は? それと大嫌いだった教科は?

P:
体育では、僕が一番だったんだ・・・ノー、冗談だよ! いつも好んでいたのはイタリア語。空想するのが楽しくて、書くことが好きだった。大きくなって経理の専門学校(高等学校の一種)に通った頃は、速記が大嫌いだったんだ。小学校のときは、図画があんまりうまくなかったな。


Q:
学校で一番低い成績を取ったのは? 逆に大満足な結果を出したものは?

P:
4より下を取ったことは無いな、幸い。すでにカルチョですごく忙しくしてたから、ディプロマ(卒業)が出来たことは本当に嬉しかった。僕にとってはひとつの重要な達成。あれは今でも心地よい思い出だ。あの(専門学校の)多くの犠牲を払いながらの数年間、でも僕の人生の中で最も素晴らしいゴールの一つを決めたと言える。


Q:
君が特別に感銘を受けた本は?

P:
僕は今まで一生懸命読書に励んだことは無いんだ。でも、皆が必ず読んできたおとぎ話の他に、僕がとても心打たれたのは I ragazzi della via Paal(パール街の少年たち)。ハンガリーのFerenc Molnarの本。


Q:
その本のどこが好きだったの?

P:
あの子供たちは、まるでカルチョのチームみたいだったんだ。皆の心を結ぶロッカールームがあって、彼らの目的のために頑張って戦ってたんだ。すごく魅力的で感動を呼ぶ物語。


Q:
映画やアニメーションでは、どういう懐かしい思い出が?

P:
アニメーションはDaitan3でいつも楽しい時間を過ごしていたな。映画ではZorro。彼の「決して負けないところ」が好きだった。


Q:
大好物の食べ物は? 逆に苦手なものは?

P:
絶対好きじゃないもので、今でもそれは続いてるんだけど、野菜が駄目。反対に、大大大好きだったのは(今も大切な存在であり続ける)発明された世界最高のクリーム:La Nutella。大きなカリカリのパン一切れに、でっかいスプーンでヌテッラをいっぱい塗る。あっという間に僕はパラダイス行きだよ。


Q:
初めての悪戯は? 初めてのお仕置きは?

P:
僕はわりと大人しい子だったんだ。両親は、僕が試合をしてびしょびしょに汗をかいて帰ったときだけ僕を叱った。でも、とてもいい両親だった。僕がきちんと理解できるように常に助けてくれた。あの頃も、そして今でも彼らとは最高のフィーリングなんだ。


Q:
弟のシモーネとの関係はどう?

P:
いつもとてもいい関係だった。僕たちは兄弟だけど、それより何より、ずーっと親友であり続ける。パパとマンマが言ってたんだけど、僕はいつも彼を一生懸命守っていたらしい。


Q:
決して忘れていない友達(Amico)は?

P:
Fabio Paratici。今でもコンタクトとってる。


Q:
君の初めての女性に対するパッションは?

P:
ヴェローナのFrancesca、今はもう会っていないけど。
それとピアチェンツァのSilvia、今ではいい友達。


Q:
小さい頃から好きだった遊びは?

P:
え? それ僕に訊くの? Pallone、Pallone、Pallone(ボール、ボール、ボール)・・・箱に入ってるおもちゃとか作り上げていくものとかは、一度も好きだったことが無いんだ。いつもボールだけをずっとずっと追って走ってた。僕は、自分があんよを始めたときからボールの後を追ってる、そして未だに飽きないんだ。このことは、僕が故障して、ピッチに戻るためにジムでトレーニングしてた頃、自分にいろんなことをわからせてくれた。僕は決して諦めずに走ってきた。世界で一番美しいあの白い球を追いながらね。


Q:
小さい頃は、君は何になりたかったの?

P:
夢はひとつだけ。それが実現したんだけど:カルチャトーレになること。


Q:
それはどのように始まったの?

P:
San Nicolo'、僕の地元のサッカー・スクール。皆と同じで、元気いっぱい大きな情熱を持ってスタートした。父がチームの役員で、とても愛情を持って注意深くサポートしてくれた。


Q:
君の最初の監督は誰?

P:
Mister Montanari。決して忘れない。彼が教えてくれたことは、僕のカルチョのキャリアでずっと心してきている。


Q:
君に、特に何と言っていた?

P:
やった仕事は必ず返ってくると。特に、トレーニングでは最大限に集中することを要求していた。子供たちのグループでそれは容易なことじゃない。
僕はいつもガツガツ必死でやってたんだ、カルチョのキャリアの中で:これは、グランデなレベルに自分を保つための唯一の方法。


Q:
君にとって、初めての最も重要なゴールは?

P:
今でも鮮明に記憶している。 San Nicolo'-Borgonoveseのデルビーでのヘッドシュート。その殊勲の後、僕は生まれて初めて、両腕を上げてピッチを走り回ったんだ。最高に気持ちよくて絶対忘れられない思い出。


Q:
君にとって最初のアイドルは?

P:
僕は9歳だったけど、スペインのイタリアナショナルチームの栄冠を強烈に覚えているんだ。まず、Paolo Rossiは僕の最初のアイドル。それから、Marco Van Basten。


Q:
初めて生で観戦した試合は?

P:
1983年のミラノでのMundialito。ミラン、インテル、ユヴェントゥス、Penarol、そしてFlamengoが参加していたんだ。あの夜、7月初めのサン・シーロはファンタスティックなシーンを見せてくれた。ものすごく大きな興奮で、覚えてるんだけど、夜中に父とピアチェンツァの家に戻って、僕は母を起こしてそのセンセーショナルな夜のことを語り続けたんだ。観客として過ごしたあのエクセレントな試合を。
今、僕があの時の感動を与えたピッチに立って、Tifosiに興奮をプレゼントしているかと思うと、まるで全然信じられないだ!

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内容は、インザーギを知るファンにはおそらくほとんどが既出のものかもしれないですね。
月間クラブ誌のインタビューとはいえ、記者がミラニスタ馬鹿のPellegattiおじさんってことで、ピッポに対して(なにせ「わしのぴっぽ~!」「わしのAlta Tensione!」ですからして)甥をかわいがる親戚のおじさんか近所のおやじさんのような口調、インザーギもラフな雰囲気。いい感じ。


欲を言えば(笑)・・・この30倍くらいの話を聞きだしてほしかった。
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by celeste13 | 2006-04-23 23:31 | MILAN
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